2006年07月
2006年07月31日
ゲーム界の曙?
日曜日のK-1と何処となく通じる部分を感じる。
新鬼武者DAWN OF DREAMSのDVDを見た。
FFアドベントチルドレンのクオリティーにやられまくった自分としては、どれぐらい対抗してるのか、かなり楽しみにしていた。
その期待は無残にも打ち砕かれたのだが・・・
確かに「今ゲームがムービーへと変貌を遂げる!!」って書いてあるけど、まさかアップの指が四角柱とは思わんかった。
と言うことで2時間、オートプレイのゲームを体験したわけだが・・・
これが「期待以上だった」って感じた人間はいるのだろうか。
一言で言えば、鬼武者からゲームを引いた感じ。
CGムービーかって思うと、ローポリ超大作!
って二言ゆってるし。
要所ハイクオリティーな部分も入っているし、あゆのPVも入ってるし、コンテンツとしての価値は一応認めておこう。
私の期待が高すぎたのか・・・
ゲームの横綱が格闘スタイルを変えずに、ムービーのリングに上がってしまったようだ。
もともと最近のゲームは映画なみの大作で、しかもインタラクティブという本来の持ち味が利いて、言わばインタラクティブ映画って言う認識だったんだけど、片落ちではどちらも超えられない。
私はゲームの方は知らないのだが、ゲームの副産物的商品ということだろうか。
またまた批判的な文章になってしまった。
くどいようだが私も業界で食っている人間。
採算、発売タイミング(納期)、他の商品とのバランスなど様々なファクターを鑑みてクオリティー、尺、体裁などが決まることも承知している。
3DCGは手間がかかる、だからこそしっかりとプランを練って作っていかねばならない。
これは自分に対しても強く刻み込んでおきたい。
一年一本って考えると、長生きしてもあと数十本・・・
ヤバイっす!
2006年07月28日
ケイゾク
目標に向かって自らに課すノルマ。
それを継続できるかどうかは、多くの場合感情に左右される。
またしてもメンタルな話題になってしまうが、常に私の中での関心事である。
「短い人生楽しまなきゃ損」と言う考えもある。
それも必要。
もしかしたら「耐えること」もやめてしまったほうがいいのかもしれない。
しかしここは方法論で考えたいところだ。
「どうなりたいか」をイメージする。
そうなる為の方法は?
実行し、そこに近づいているという手ごたえ。
より近づきたいという気持ち。
さらに「恋をしている自分に惚れる」ってのもある。
頑張っている自分がちょっと誇らしく思える。
達成感も当然必要だろう。
これがコツではないだろうか。
「楽してダイエット」
よく耳にするコピーだが、それに飛びつく時点で「頑張っている自分」はそこにはいないし、目標に向かうベクトルが小さいので、達成感も小さいだろう。
モチベーションの維持には達成感が不可欠だ。
それが次の行動へのモチベーションになる。
その善循環を作ることこそケイゾクする秘訣だと思う。
ゲームに例えると、難しすぎて進まないゲームは飽きてしまう。
逆に簡単すぎても飽きてしまう。
難関ほどクリア出来たときの達成感は大きい。
数年前、高校野球を題材にした野球ゲームがあったが、フルイニング同じ球種で同じところに投げていれば、パーフェクトピッチング出来てしまうソフトだった。
当然優勝し、一回で飽きてしまった。
もう後半はホームラン合戦。
勝ち組の突然のリタイヤってこんな感じやろか・・・
ところで勝ち組って何ス?
まだまだ現役やから、後でいーや。(v^-^v)ぶぃ!
2006年07月27日
モッタイナイ2
主演の前田亜季ちゃん、彼女は頑張っているとして、その他のキャストの演技はどうよ?
(特に自衛隊の面々)
戦闘機の遅さはどうよ?
パニック状態の演出はどうよ?
それらが気になった時点で、もう惹きこまれなくなってしまった。
設定の無謀さは原作が漫画と言うことで全然アリとして、切ないストーリーだと思うのにちょっとモッタイナイ。
制作サイドの都合もわかっているつもりだし、ブログではあまり批判というものをしたくないと思っているのだが、申し訳ないがここは勝手ながら反面教師になってもらうことにしよう。
アニメや漫画を実写化するにあたり、リアリズムとファンタスティックのバランスの葛藤があると思う。
以前書いたが、これはうちらCG屋にも言えることだ。
アニメや漫画はディフォルメが命。
過剰な演出はあって当然。
ファンタジーな世界の中でのリアリティーに私たちは惹き込まれる。
実写ドラマでは同じようにはいかないのもまた当然。
そもそもリアルな人間が演じているのだから、実写ドラマの土俵で考える必要があると思う。
うちのT氏曰く、もっと「自分ではコントロール出来ない運命」にリアリティーを出すために、自ら死のうとしても自己防御装置とかが働いて絶対死ねないとかの演出があったらよかったのにね。
と、そういうことである。(原作は知らないが・・・)
このバランスを間違えると、原作のファンから「失敗」と言われてしまう。
もっとも避けたいのは「どっち付かず」にしてしまうことだ。
原作のファンも逃すし、新規のお客さんにも満足してもらえない。
私は後者だが、何事も中途半端は良くない。
原作を知っている人間にしか解り得ない設定の説明も無く、原作と矛盾したストーリーや演出にしてしまう。
結構ありがちである。
(この最カノの場合は、あえて設定など切り捨てているらしい、いわゆるセカイ系とかエヴァ系とか言うの?)
また、キャラビズでもどっち付かずを目にする。
ぴちょんくんに「ぴちょんくんのお店へ」とか言わせてしまう。
ぴちょんくんにもぴちょんくんの世界があるはず。
それを露骨に実世界のセールスマンにするのはどうだろう。
しかも台詞が他人事っぽい。
その点、Qooは商品を売らない。
あくまでQooの世界での消費者である。
コンシューマーから見て、どちらに親近感が湧くかは明白である。
家電メーカーさんも飲料メーカーさんも、キャラクターそのものが商品ではないとは思うが、折角キャラクターを使うのならば、使い方には気を使いたいところだ。
元々消費者は売り込まれることに抵抗を感じる。
親近感を得るための手法としてキャラクターを使っているはずなのに、露骨に売り込みをやってしまっては、キャラクター自体に抵抗を感じてしまうかもしれない。
批判的な文章になってしまったが、モッタイナイと感じていると言うことは、「こうすればもっと良くなりそうなのに」と認めているということである。
そもそも私自身が消費者であり、視聴者であるから感じるモッタイナイである。
ここにあげた作品たちがメジャーだからこそのモッタイナイである。
モッタイナイ・・・
あーっ、言われてみてー。ヘ(゜◇、゜)ノ アヘアヘ
2006年07月26日
一億円札!
今日私が履いているパンツのデザインである。(写真は倫理上ひかえさせて頂く)
これがうちのかみさん久々のヒット。
いつもはキャラクタービジネスの、中でもアニメ系キャラの上得意と化している。
大概息子が好きなキャラクターに偏るのだが。
今回のこれは、肖像画と透かしが坂本竜馬で、仮に「一億円札があったら誰の肖像にするか」という投票があったら、私も一票を投じるだろう人。
竜馬は昔からいろいろな本で読んでいるが、かなり魅力的な人物である。
特にあの行動力(書物で読む限り)は、是非爪の垢を頂きたいところだ。
何が竜馬を動かしていたか、今となっては知る由も無いが。
維新後政治に携わる気は無かったということらしいから、私の勝手な想像だが無性に商売がしたかっただけだったら面白いなと。
他国で行われている商売(貿易)の情報を聞き、いてもたってもいられず、それが出来る環境に変えるためにあれだけの大事を成し遂げたとしたら面白い。
竜馬については、いろいろなフィクションやいろいろな説があるが、たとえウソでもヒーローのままであって欲しいと思う。
少なくとも「竜馬ならこうしたろうなぁ」と言う勇気をもらえるからね。
そう考えると、「気持ちよく商売がしたかったから」まず手始めに日本を変えてしまった。
というのは実に痛快だ。
例えるなら「食玩のフィギュアコンプしたいから大人買いしちゃった」みたいな・・・(ちっさっ?しかも意味違うし・・・)
ところでこのパンツ、マルシーが付いていないがコピーライトはどうなんだろうか。
職業柄そういうことを気にしてしまう。
話を竜馬にもどすけど、しばらく前にふとあるストーリーが浮かんだ。
ごつい手が自分を揺さぶる。
「竜馬さん!」 なぜかそう呼ばれる自分。
朦朧とする意識の中で、4〜5人の浪士風の男たちに揺り起こされている自分に気づく。
ゆったりと揺れる狭い部屋、風と波の音、どうやら船の中らしい。
どうせ夢だろう。
こんな人たち知らないし、自分がここにいる理由もない。
第一この人たちの衣装も自分の衣装も役者が着ているものしか見たこと無い。
次の一瞬、夢とは思えない出来事が起こる・・・
え〜どうなっちゃうの俺!?
つづ〜く! ってこればっか。
2006年07月25日
ワイヤレスラン♪
本日やっと職場にも導入したのだが、自分が古い人間なのか目に見えないものはどうも苦手である。
自宅ではロケフリも使っているが、設定は高校時代からの友人の電気屋K氏に頼んだ。
(ちなみに買ったのはプレステドットコム・・・スマン>K氏)
PSPもAOSSに対応してくれていたので、インターネットにつなげるのに苦労は無く、そのため私自身、AOSSの機能に依存してしまった。
職場でも「AOSSさえあれば楽勝!」と思っていたのだが、これがどうにも・・・
スイッチポンで設定できるのはいいが、それに溺れていると機械がブラックボックスに感じてしまう。
マニュアル設定は避けたいし、電波が弱いのか、はたまた初期不良か・・・
最初に買ってきたのは、店員に確認してOKと言われた物。
ところが、これがどっちも子機だったというオチ。
昔の自分だったら、速攻たちの悪いクレーマーに変わっていたところだが、自分の知識の無さの恥ずかしさもあったので穏やかな話にはしておいた。
結局、何かに依存してしまうと「方法論」に目が向かない。
映りが悪いテレビをバンバン叩くのと同じだ。(ふっる!)
これも地デジになれば無くなるのか・・・?
い〜や、PCがフリーズした時、マウスを左右に素早く振っているうちは無くならないだろう。(・_・;)(((o)))
2006年07月24日
やっぱ音楽重要ね!
う〜ん、ネタ的には面白いんだけどね。
マイケルクライトンのタイムラインとか原作読んでシビレたし、時空だとか他宇宙だとかはロマンがある。
一番気になったのは、BGMが少なすぎること。
何を感じる前にソレを感じてしまった。
テレビドラマみたいって。
多分「BGMが少ない」なんていうファーストインプレッションは初めてである。
それほどまでに過去見た映画の中でも突出していると言うことだろうか。
「ここは欲しいやろ〜」ってところに入ってない・・・残念!
残念!ってゆーか、ガッカリだよ〜のほうが今風?
言うまでも無いけど、シチュエーションにマッチした音楽って感情を高める重要なものだし、もっと言えば絵が悪くても音楽でごまかせるってことも有り得る。
特に緊迫した場面での間延びは非常にモッタイナイ!
ところで、私がオリジナルアニメを作る時は、大方入れすぎの傾向にある。
そこから敢えて心情的な部分で環境音のみにしてみたりする。
で、心境の変化に合わせてドーンと響くようなBGMに繋げる。
これでイチコロよ。
・・・なんてわかった風なことを書いてみる?
CG屋の仕事の上でも音楽に左右されることは言うまでも無い。
音楽先行のほうが気持ちいいテンポであがることが多い。
良くも悪くも音楽でイメージが固まるということもある。
それこそ、いい音楽ならノッて作れる。
キャラクターのリップシンクなら音先行に限るし。
いや〜話戻すけどモッタイナイっての結構あるね。
モッタイナイを世界的な言葉にしようとか言ってるけど、これシリーズ化できそうやね。
エンタメのモッタイナイ!
最終兵器彼女?・・・もったいないねぇ。
どうすんのよ俺!つづくぅ・・・
2006年07月21日
素材集自給自足
まぁCG屋に限ったことではないが、売り上げが無ければ会社は潰れる。
客が来なければ店は潰れる。
(赤字でも借金ができるうちは潰れないという人間もいるが・・・)
非常に単純である。
だから芸能人じゃなくても「レギュラー」の仕事には過敏に反応する。
先が保障されているというのは魅力である。
ただ、レギュラーだからと言ってそれに頼りすぎるのも危険である。
大きく長く続いたものがスッと途切れた時は、まさにつっかい棒を外されたようなものだ。
仕事が薄くなった時何をするのが効果的か、私の以前からのテーマである。
・営業する
・営業ツールを作る
・自社製品を作る
などが主なところだ。
他にも、作業効率を上げるための戦略を練ったり実行したりという社内的な作業もある。
そんな中で以前素材集を作った。
建材メーカーと契約書を交わして建材のテクスチャーを作り、ラジコンヘリで空撮して地面や芝生のテクスチャーを作った。
(芝生屋さんとか学校のグラウンドとかも許可とってね。)
これをCD-ROMにして商標登録していざ販売。
自社製品である。
が、・・・思ったほど売れない・・・
手前味噌になるが、社内ではガンガン使えているし、買ってくれたお客さんの反応も予想以上にいい。
「いいものを作っていれば必ず売れる」
日本人技術者の悪いところだそうだ。
私も日本人技術者の例外ではなかったということである。
作るテクと売るテク。
悪いものをスーパーテクニックで売る業者もいれば、いいものでも全然売れないと嘆く業者もいる。
売り上げに直結するのは売るテクのほうだ。
いいものでなければリピーターや口コミは期待できないだろうが、とりあえず売れなければお金にはならない。
そして、売るためには知られる必要がある。
そもそも知られていなければ買いようがない。
そして知名度、分母を上げなくてはならない。
ということで露出の大切さを勉強した自社製品であった。
10年以上CM制作に携わっていながら今更かよ!ってところではあるが・・・
その素材集に関しては、幸いにも社内で使い倒しているということで、ある意味利益圧縮になった。
・・・と言うことにしておこう。
まさに自給自足!
あ〜でもWEBで販売中なのでヨロシク!
2006年07月20日
やられた〜2
最近こういうの多いねぇ。
歳のせい?
ALWAYS 三丁目の夕日。
申し訳ないが、ハリウッド映画に感化されている自分にとって、期待のかけらも無い映画であった、見るまでは。
CGメイキングが本で紹介されていて、参考までに見ておくかという程度だった。
どれどれ・・・
(約90分後)
・・・泣いた。
淳之介最高!
須賀健太君、君は天才だ!
狙ってようが、出来すぎてようが、ロジックだろうが関係ない。
心を動かされたという事実がそこにある。
人にはそれぞれ感受性の違いもある。
昔は、「オトコたるもの多少の事で動じぬものだ!」と、泣いたり笑ったり感動を表に出さず、ポーカーフェイスこそがカッコイイと思っていた。
麻雀もそこそこ強かったし・・・リーチ(^o^)ノ ̄
ところが最近になって、オリンピックは開催中だけでも2回ぐらい泣くようになった。
(数えたこと無いけど・・・)
考えようによっては人間の性能が上がったともいえる。
「超カッコイイ!!」
とか感じられる人間でなければ、カッコイイものは作れないハズ。
感受性が高いということは、レスポンスがいいということ。
何が良くて何が悪いか感じ取ることが出来なければ、いいものは作れない。
良いと思えばそれが引き出しに入り、糧となる。
味覚音痴のシェフが作る料理はマズイぞぉ〜きっと。
感性のある人間は、感受性が高いハズだ。
そして、人の痛みを感じられないヤツが凶悪犯罪を犯してしまう。
自分の子供をかわいいと感じられないヤツが幼児虐待してしまう。
感動して泣いた涙は、実は高性能の証だったのだ。
ということでこれからもバンバン泣くぞっ!! (T-T)ダー!!
2006年07月19日
やられた〜1
今後何度か出てくるだろう。
主には「先越されたー」って感覚かな。
自分にも出来る事を他人に先を越されたとき。
ま〜やったもん勝ちってのは、往々にしてあるものだが。
また、ある意味でそれを認めているということでもある。
「これは売れそうだ」とかね。
直近で感じたのは、倖田クマ。
常々、キャラクターは「絶対個性」だと言いつづけている自分としては、親父ギャグのようなネーミングといい、名前だけで想像できそうな個性、マッチしたビジュアル、これは認めざるを得ない。
ただ「やられた〜」と言っても、これは自分には真似できない。
それはわかりきったこと、倖田來未の存在があればこそなせる技だからだ。
クマが擬人化したのではなく、倖田來未がクマ化したキャラだ。
ネーミングも、これで「倖田來未とは関係ありません」では単なるバッタもん。
ジャケット写真をパロったような画像など、まさになせる技だ。
良くも悪くも最近のニュースでは「クマ」が注目を集めている。
(狙えるタイミングではなかったはずだが・・・)
この倖田クマ、しゃべらなくても関西弁な感じ、ちょっとエロいダンスしそう、ガハハとか笑いそう。
う〜ん、キャラクターしてるねぇ。
そうだ、「負けるもんか」って時にも「やられた〜」って思うんだね。
「よく出来てやんなぁこんちくしょう」みたいなね。
ところで、昔自分が考えたキャラクターで「魚っち」って言う体が時計になっている魚キャラクターがあったけど、親父ギャグ的にはいい勝負してるんちゃう?
「魚」の知名度ときたらほぼ100%やし?
魚のCDは売れへんけどね。
これも機会があったら詰めたい企画ではある。
全長30cmとかのぬいぐるみ型腕時計作って、「絶対飲み屋に忘れない時計(Sサイズ)」ってキャッチとかね。
忘れそうになっても「お客さ〜ん、忘れ物〜」って。
「後生やから持ってってぇ〜」って?
「・・・って、これでSサイ・・・ズ?・・・(失神)」
ただし、飲みに行く時に付けていく勇気があればの話やけど・・・
2006年07月18日
ファンタジスタ!!
サッカーならばロナウジーニョ、野球ならSHINJO、K-1ならレイセフォー。(基準が変?)
私はサッカーには詳しくないが、ロナウジーニョは知っている。
日本が敗れてからは、彼らのパフォーマンスだけが楽しみだった。
W杯ではあまり調子が出なかったらしいが、ある仮想の話を書いてみる。
私のようなド素人が書くことだから、サッカーファンの反感を買わないように事前にことわっておくが、個人的な妄想話である。
W杯ともなれば、普段のリーグ戦とは比較にならないぐらいのプレッシャーとの戦いになる。
世界的な関心の高さ、国民の期待、4年に一度という少ないチャンス。
特にブラジルの人たちの評価は世界一?厳しいらしい。
仮に、もし真面目になりすぎたとしたら・・・
トリッキーが彼の持ち味だし、ゴール前フリーでノールックシュート?みたいな、他人がやらないようなパフォーマンスがプロとしての真価だと思う。(フィジカルと言えばフィジカル?)
それらを自身でセーブしたとしたら、普段のプレーとは変わってしまうだろう。
スーパースターの彼に限っては、メンタルな部分もコントロールできるはずだし、そのようなことは無いだろうが、何事もリスクを恐れたらその分力も出せない。
「ノッている」という状態は最重要だ。
彼らのような「人に見せる職場」ならなお更である。
自分のプレーで客が沸く→ノル→さらにいいプレー
となる。
私たちCG屋は「人に見せる職場」ではない。
作品は人に見せるが、それは仕事中ではない。
ある意味ナルシストと言うかマスターベーションと言うか、自身で満足してノッてくる感じ?
ノッいれば楽しく仕事できる。
それが善循環となる。
自分のこと(作品)を誉めてもらうのもいい。
誉めてくれる人間が近くにいるってのはプロにとって重要な事だ。
「ノッている」と言う状況を作りだせる職場かどうか。
どんな職業でも、どんな大企業でもそれは変わらない。
仕事してるのは人間だから。
よーし、準備OK?
そんじゃ、みんな俺を誉めてくれ!!
2006年07月17日
シビれる〜2
(約9分後)
こ、これは・・・
超キラータイアップでは?
我々の世代にとって、フルコーラスシンクロできるほどの歌詞が出てきてしまうヒット曲の数々、曲名を聴いただけで浮かぶ衣装&ステップ。
私自身、当時熱狂的なファンではなかったが、そんな人間にも擦り込まれるほど席巻していた。
・・・これはそそられるぜ。
(T氏と盛り上がる)
まてよ、たしかCMは何度か見ていたし、発売前からある程度の情報も得ていた。
でもプロモを見るまでは、こんなにもそそられはしなかった。
う〜ん、もったいない。
私のような人間は、かなりな数いるはず。(少なくともうちのスタッフでは半数)
その人たちがこれを知らないでいるのは実にもったいない。
確かにCMなどでは考査があり、すべてを見せるのは不可能だろう。
(金銭的、事務所的、権利的な問題もある)
雑誌などでは音も出せないから限界がある。
ターゲット的にもホールの担当者という限られたマーケットなので、その人たちだけにプロモを見せればいいのかもしれない。
でもこれはパチンコという域を越えたコンテンツだと直感した。
つまり、新規客を生み出せるコンテンツだと思う。
誉めすぎ?(くれぐれもこの機種の制作関係者ではありません。)
機会があったら打ってみたいものだ。777(^-^v)
う〜ん、やっぱ音楽超重要ね。
2006年07月14日
プロなら道具にもこだわりたいさぁ
カーズ公開記念スペシャルって番組を見た。う〜んやっぱPixarはいいね。
和製Pixarを”心で”名乗って数年。
オブジェクトに命を吹き込むことにかけては、ホント勉強させられます。
毎度目新しい技術が盛り込まれているが、それは作り手の都合。
それを感じさせないほどの世界観、ストーリー展開、キャラクターが活きている。
CGとか3Dとか忘れるほどにエンターテイメントしてます。
ところで、このブログではCG屋ということにこだわっている。
というより専門家の立場にこだわっている。
というかそれしかできねぇ?
矛盾しているようにも見えるが、何事にも差別化は必要。
リングでボロ負けするぐらいなら、土俵にこだわったほうがいい。
アウェーよりホームのほうが分がいい。
「手に取れそうなファンタジーの世界」う〜んいい表現。
それを実現するのが3DCGだと思っている。
それが我がホームグラウンドだ。
とりあえずバットもグローブも持っているが、他人の使う道具?あれが気になるんだね。
と言うわけで、以前から気になっていたV-ray(3DStudioMAXのレンダラー)を買うことにした。
ツールじゃねぇよとか言っておきながら・・・ 誰に言い訳してるんだかわからないが、とりあえず楽しみではある。
ファーストインプレッションお楽しみに!v(⌒o⌒)v
2006年07月13日
モチベーションの意地?
戦後の復興と共に育ってきた製造業では、駄目なら叱る、不具合を出せば制裁と言う軍隊から引き継いでしまったのかと思ってしまうことさえある。
まったく生産的ではない。
それでいてお金の話とは切り離す。
その時点でビジネスですら無くなっている。
ちょっと愚痴っぽくなってしまったが、宿題を強要されたら嫌なのは、子供も大人も変わりは無い。
自主的に「こうなりたい」から「やりたい」と思うのとは身に付き方が違う。
イチローになりたいと夢見る野球少年と、親父にイヤイヤさせられる野球少年とでは明白な違いがある。
人間である以上、ビジネスにも感情はつき物だ。
時にはお金以上のファクターにもなり得る。
気持ちよく仕事が出来れば期待以上の物を作ろうとするし、「一緒にいいものを作りましょう」と言う気持ちは呼応する。
もっと言えば、気持ちよく仕事が出来れば予算以上の物を作ろうとする。
「あの人の喜ぶ顔が見たい」と思えば気合も入る。
昔から飴と鞭という表現がある。
飴ばっかりが良いというわけではない。
ただ、鞭ばかりだとモチベーションは低下の一途だと言いたい。
感情を無視したばっかりに損をしている人が沢山いる。
でも敢えて言おう、ありがとうと。
そんな人たちに育てられて、ぼくは打たれ強くなりましたと。
だからもう誰か飴ちょうだいっ!
2006年07月12日
志は高く、ノルマは低く
「痛みに訴求する」マーケティングでは常套手段だ。
「こんな経験はありませんか・・・」
「まだそんなことでお悩みですか・・・」
と通販などでよく目にするプラクティスだ。
人間は快楽よりも痛みに対する反応のほうが速いらしい。
そして痛みが大きいほど回避しようとする反応も大きい。
以前TVで、悪化した虫歯を散弾で打ち抜こうとして重傷を負ったという海外の事件を流していたが、究極の選択をしてしまうほどだったのだろう。
例えば、
・生涯タバコを吸わない。
・10キロ減量する。
・パチンコパチスロをやめる。
いずれも私には不可能に思える。
ハッキリ言って逃げ出すほどの苦痛だ。
挫折直行便である。
じゃあ分割してみよう。
・一日禁煙する。
・一ヶ月で1キロ減量する。
・一ヶ月禁パチ。
継続することのほうが重要なのだが、とりあえず現実的になった。(今やらないけどね)
10万円の元手も、毎日2%の利回りなら一年以内に1億を超えるらしい。
(そんなのあったら教えて)
ヤッパリ夢は大きく持ちたいものだ。
しかし、大きいほど道のりは険しいはず。
いきなり挫折していては意味が無いから、自分に課すノルマは低めにしたほうがいい。
ダイエットにしろ効果が現れればモチベーションも保てる。
一歩踏み出せば見える景色も変わる。
新しいアイデアも光臨するかもしれない。
かといってノルマが低すぎれば目標は遠ざかるので、己を律してギリギリがんばればクリアーできるという辺りを狙ってルールを作るのがいいと思う。
オリジナルCGムービーを作ろうと思えばそれなりの覚悟が必要だ。
そういう時は細か〜く分割してみればいい。
ちゅうわけで月賦でお願いしま〜す。m(_ _)m
2006年07月11日
ツカミとリアリティー
これはCGの歴史の上で、進化の指標とも言うべき課題なので、テクニカルな部分では決して無視することが出来ないファクターだ。
当然私たちも常に意識はしている。
しかし、ストレートに現実的・写実的のみを突き詰めていくと、日常・平凡と言うことにもなりかねない。
不自然さを無くせば、自然にはなるがフックも無くなる。
平均的なキャラクターを作れば個性が無くなる。(それをキャラクターとは言いたくないが)
顔のしみやそばかすをCGで再現するとリアリティーは増すが、かわいさは半減するかもしれない。
雑多な風景を作れば生活観は増すが、汚いと思われるかもしれない。
大概エンターテイメント作品の場合、日常や平凡とは相反する要素が必要になる。
ファンタジーの世界を、あたかも現実世界のように感じさせるためのリアリティーや、より迫力を出すために実際には撮影不可能な映像を作り出すなどの要素だ。
映画やOVAでは、見る側をその世界に引きずり込む演出が不可欠だ。
いわゆるツカミだが、そこで「うそ!ありえへん!」と一旦思ってしまえば、ストーリーに引き込まれるどころか粗探しが始まる。
そこから先は想像に容易い。
その世界が実在するかしないかではない。
「こういう世界があったとさ」という説得力だ。
「らしく見える」という説得力である。
より強調したほうが「らしく」見えるってものは山ほどある。
CG屋さんの場合は、どうもテクニカルな部分でリアリティーを語る傾向にあるが、あくまでも演出としての「リアリティーの追求」をしたいものである。
ツカミのためのリアリティーでありたいものだ。
・・・と言うことで私たちは超リアルを控えることにした。(あ〜、それでかぁ〜)
2006年07月10日
東京コンテンツマーケット
過去2回出展経験があるが、回を重ねるごとに拡大傾向にはあるらしい。
とうとう今回の会場は、かの有名な六本木ヒルズ森タワーとのこと。
出展料はもちろん無料。
そこがこの展示会の最大の魅力なのだが、以前は有料だった。
聞いた話によると、一悶着あって無料にしてしまったらしい。
もともと経産省が音頭とってることだし、税金の使い道としては利用する人間にとって賛同できる方法と言える。
コンテンツマーケットの名が示すとおり、当然商業ベースの露出チャンネルである。
以前はコンテストなどに積極的に出品していたが、賞をとったところでビジネスに直結することはほとんど無いといっていい。
そもそも賞というのは副産物であるべきで、そんな不確定なものをビジネスの基点にしようとするほうがおかしいのだ。
そして、審査員と出品者が親密になることはほぼありえない。
その明確な立場の違いが顕著な温度差を生んでいる。
審査員からみれば、それはプロとアマの違いと錯覚する。
アイドルに置き換えればファン。
メーカーに置き換えればコンシューマー。
予想以上にその垣根は高い。
大概その道のエキスパートとして招かれている審査員は、大衆と同じ感覚では作品を見ない。
でもそれはあえて肯定したい部分である。
なぜならばプロのエンターティナーである以上は、自分自身を演出する必要があるからだ。
よって、特異な作品に賞を与えてしまいたくなるのが心情だ。
「自分は凡人じゃないよ」と言うところだろう。
商売ベースで考える必要が無いこともその理由にあげられるかもしれない。
企業レベルにおけるビジネスの取っ掛かりにはなり得ないが、登竜門として機能しているコンテストがいくつかあることは否定しない。
話を展示会に戻そう。
展示会、見本市などの来場者は、多少なりともビジネスの可能性を期待し来場する。
そこが肝心!
元々「商売ベースで自主的に行動を起こしている」人たちなのだ。
特に私たちが売ろうとしているコンテンツと言う商品は、欲しい人にとっては宝、いらない人にとってはゴミ以下という性質の商品だ。
となると当然「自分から手を挙げてくれる人」と商談したほうが、断然効率的である。
という判断から、展示会には機会があれば出展したいと思っている。
コンテンツマーケットに出展するかどうかは決めていないが、コンテンツマーケットが会場を年々変えているところにも注目している。
客層が変わるかどうかは解らないが、そのような期待感は持てる。
よーし、っちゅうことでコンマー出るしかないっしょ〜
そうなると、オリジナルコンテンツの進捗が芳しくないのが悩みのタネである。
ガンバレ俺たち!
2006年07月09日
ポッコリお腹改造手術
自宅の体重計が意外と高機能で、体内年齢や筋肉量、骨量、内臓脂肪などが表示されることを知り、見る見る変わる数値が面白くて現在も続いている。
20代までは痩せぎすって言葉が服着てるぐらいの体型だったので、ダイエットなんて物とは縁が無かったが、知らないうちに巷で言う「ポッコリお腹」に改造手術されていた。
腕立て、腹筋やって、最初は好奇心程度で測っていたのだが、体内年齢って表示が見る見る変わっていくことに気付いた。
目に見えて変わっていくのは楽しい!
最初37だったのが、35、34、33・・・28と。
わ〜お、このまま行くと10代突入、高校生、中学生、小学生、幼児、新生児・・・精子って行っちゃうんじゃないの?
それから内容増やして、今の運動メニューは、
・通販のラテラルなんちゃらってやつ200回(腕のやつ付き)
・10Kgのダンベル20回
・腕立て20回(少なっ!)
・腹筋30回
という、有酸素も無酸素も関係ない、専門家(ボディーデザイナーっての?)に言わせればきっと無茶苦茶なメニューである。
でも、とりあえず毎日出来る限りはやるようにしている。
夜中の3時だろうがキコキコやっている。
多少の効果はある?みたいだし、筋とか痛めてないし、お金かかんないし、まぁやらんよりはマシってとこやろ。
ところで、ここ3ヶ月ぐらい体内年齢ってのが頭打ちになった。
31前後を行ったり来たりしている。
・・・ってリバウンドぉ?28ドコ行った?
この体内年齢とは基礎代謝をもとに表示しているらしい。
だがそれはどうでもいいこと。
極論、適当な数字だろうが何だろうが「良くなっている」ものにはあえて騙されたい。
それが継続へのパワーになるのならオッキードッキー。
とにかくCG屋のようなPCべったりで仕事している人間は、運動したほうがいい。
30を過ぎると「重力」という新たな敵と遭遇する。
ソイツは思った以上に手ごわい。
朝と夜のお腹の出方が変わっていたら要注意。
専門家たるもの「自分プロデュース」は常に心がけたい。
やっぱクリエイターとかってシャープなイメージやから。
2006年07月07日
地デジの風吹けば弐萬圓堂儲かる?
HD撮影→HD編集→SD完パケというのが大方の流れだが、ダウンコンバートしている分には、今まで以上にかなりの柔軟さがある。
・編集時にズームインする。
・編集時にトリムする。
・広めで撮った絵をナッジして揺らす。
・高精細でアルチマット処理する。
・60iをプログレッシブ化する。
など、様々な遊び(仕事です!)が可能だ。
それも2011年7月24日まで(あくまで期限なのでもっと早いだろうが)の手法となってしまうのだろう・・・
仕事では頻繁にお目にかかるHD映像だが、我が家にHDテレビを入れたのは実はつい最近のことである。
値が落ち着くまで少し待っただけに、自分の部屋にはスペックオーバー気味のフルHD37型を選んだ。
この仕事をしている以上は、エアチェックの意味もあるので、フルHDは欠かせないと判断したのだが、納入されるまで自分の視力のことを完全に忘れていた。
この仕事を始めてから左目の乱視がひどいのだが、自宅ではほとんど裸眼ですごすので、SDでもにじんだ映像が当たり前という感じである。
メガネは車用、職場用とあるが自宅用は無い。
(サングラスは集めていたこともあるので、そこそこある。)
視力検査では、免許に「眼鏡等」と書かれないギリギリのところではあるが、ニーズとしては少し弱い。
「HDを綺麗に見たい」というウォンツで自宅用メガネを買うかどうか・・・
そんな時に、弐萬圓堂のCMがバンバン流れている。
これなら実に明快やん!
「2万円でHDを綺麗に見たいかどうか」で決めたらええやん。
他の店ではいくらかかるかわからへんからなぁ。
・・・う〜ん、この答えが3週間出ずにいる。
2006年07月06日
初アハ!
右脳も左脳もPC以上に磨いておきたい商売道具なので、「脳を鍛える」系の言葉には弱い。
家には「大人のDSトレーニング」もあるが、あれは神経質な人間には向かない。
なぜならば、反応速度を測られたら、瞬間再確認してしまう慎重さ、答えながら答え合わせしてしまう癖、「だよな」って言いながら答える癖、が染み付いた極A型人間には本来の反応速度は出せない・・・
と言うこじ付けで、自分には向いていないことが確定した。
決して実年齢以上が表示されたわけではないし、女房に負けたわけでもない・・・
唇を噛みしめながら話を「アハ体験」に戻そう。
アハチェンジってやつは結構サクサク解いて、アハアハ言いながらパンパン進んでいった。
ところがアハムービーってやつになると、途端に十数回見てもサッパリって状態。
解ると「うぞっ!こんなに変わってたんかいっ?」と驚く。
10秒以上のゆったりとしたOL(オフィスレディーじゃなくオーバーラップ)が、こんなにもごまかせるなんて・・・新たな発見!
この必殺技があれば同ポジ狂いもなんのその。
是非CMで使ってやろう!( ̄ー ̄)ニヤリ
・・・コラァーそれだけで15秒終わっちまうやろがーっ!
2006年07月05日
スーからの贈り物
2回目は一泊ということもあり、ささしまサテライトで行われていた恐竜博2005にも足を向けた。
恐竜博2005一番の目玉は、裁判沙汰にまでなったらしいティラノサウルスの「スー」の全身複製骨格の展示だ。
「スー」は全身の90%以上が発見された、世界一有名な恐竜とのこと。
オークションでは10億の値が付いたそうだ。
会場には、当然スーグッズも山のように売られている。
私は記憶にあるだけでも、歯の化石型キャンディー、頭部フィギュア付き携帯ストラップ、T-シャツ、ガイドブックをお土産として購入した。
そのT-シャツは現在も時折着ているのだが(ほとんどパジャマがわりだが)、初めて着た時驚いたのは前後の継ぎ目が無いってこと。
何と、胴回りが継ぎ目無く筒状になっている。
そのため、普通わき腹あたりにあるはずの商品タグが無い。
常日頃、わき腹をカサカサ商品タグにくすぐられてはムカついている自分としては、画期的な構造である。
(構造自体は以前から在ったのかもしれないが、私はこのT-シャツで始めて知った。)
乳幼児用の肌着で縫い目が表側にある(裏返したような感じの)ものがあるが、大人になったからといって急に恐竜のような皮膚になるわけはなく、皮膚が敏感な大人はいる訳で、是非アパレル業界の方たちにはもう少し工夫してもらいたいと常々思っている。
以前、アパレルメーカーの人と話す機会があり、「ユーザーの意見をフィードバックして・・・」と言う話になったので、カサカサタグの愚痴をこぼしてみた。
アパレルメーカーの人「うちでもそこ(わき腹のところ)に付けてますねぇ」
私「・・・あ、あ〜そうですか・・・」
「それが何か?」みたいな反応だったので、それ以上は突っ込まなかったが・・・
スーT-シャツを作ったのはどこぞのアパレル業者であろう、しかし会場に足を向けさせたのは他ならぬ「スー」の魅力である。
「スー」は6千万年以上の時を経て、カサカサタグの無いT-シャツを私に贈ってくれた。
恐竜のような皮膚(まんま恐竜やん)のスーには、カサカサタグは興味なかっただろうが・・・
2006年07月04日
シ〜ビレるぅ〜
最近ではCSI:マイアミだな。
CSI:科学捜査班の頃から思っていたが、ここまで見せる必要があるのか?と思うほどのディテール。
体内に弾丸がめり込んでいくマイクロスコープ目線とか。
電気信号追っかけ目線みたいなのもある。
FF(フルフィギュア、ファイ○ルファンタジーではない)の絵から普通に顕微鏡レベルまで寄って行ったりする。
ま、それはさておきマイアミのオープニングがいい!
K-1のオープニングにシビレて以来のシビレである。
あの手のヤツを巷ではモーショングラフィックスと呼ぶが、私のところにもモーショングラフィックスの依頼がある。
フッテージに左右されがちなモーショングラフィックスではあるが、幸いにも自分はCG屋なので、元素材が足らないなら作ればいい。
しかもその手の依頼は「お題はあるけどコンテはない」と言う場合が多い。(私のところだけか?)
そこで引き出しを使うわけだ。
引き出しにはコンセプトワークに使う様々な知識が必要だが(無ければその時点で叩き込む)、それらを具現化する知識も当然必要だ。
映像屋やCG屋のテクニックとしては、むしろ後者のほうがクローズアップされることが多い。
コンセプトワークに必要な知識は日々蓄えるしかないし、叩き込むならWEBで調べるというのが常套手段である。
私の場合のシビレる映像とは、大概「コンセプト」と「見せ方」の「絶妙なバランス」に因るものである。
と言うわけで、早速CSI:マイアミを引き出しに入れておこう。
Lock&Keyって!?
恐竜はCG屋さんにとって、幾度か出くわす課題である。
かのジュラシックパークが与えた影響もあるが、生きている姿を見てみたいとってもロマンチックなモチーフである。
私たちも幾度と無く作っているが、10年ぐらい前に作った3D立体映像は、制作に1年以上かけた案件だった。
あるアミューズメント施設向けに作ったのだが、現在もあるのだろうか・・・
あの頃はまだLightWaveをメインにしており、歩行アニメーションにはLock&Keyやサイクリストを使い、パーティクルにSparks、Impactで物理演算してたっけ・・・
歩行は今だったらやっぱキャラスタやろなぁ。
でもCATも気になるし、MotionBuilderも気になる・・・だ〜からツールに頼んなって!>俺
まぁあの頃より数十倍の環境になったわけだが、人間が数十倍になったわけではないので、やっぱりCGアニメは大変だ。
3日徹夜、3日レンダリングの頃が平和やったねぇ・・・
レンダリング中休めたし。
そうそう見る目の厳しさも数十倍になってっから・・・
・・・結局帳尻あっちゃったよ。
2006年07月01日
自称メッシュアーティスト
去年入社した新人君に任せているということもあるのだが、AfterEffectsの機能が上がり、プラグインが進化したことで、以前ならば3Dソフトを使っていたようなこともAfterEffectsで出来てしまったりする。
去年の暮れ頃、とある著名な版権のヒロインを舐め回すようにモデリングしていたのが、それが直近ではないだろうか。
Amigaの頃は、2Dイラストアニメーションまで3D(現在のLightWaveだが当時はVideoToasterの3D機能)を使い、うぃうぃコマドリしていた。
その頃は特に得意不得意は無かったのだが、いつしかスタッフのT氏と担当を分けていた。
T氏がアニメーターで私がモデラーなのだが、いつどうしてそうなったかはまったく記憶に無い。
PC-9801でCGツクールのレイトレ?(だったよな)したことは記憶にあっても、なぜ自分がモデリング担当になったかはわからない。
とにかく私の本来の姿はモデラー野郎である。
自分でモデリングしたモデルを、パースペクティブでグルングルン眺めて「おぉー」とかやるのが大好きで、きれいなメッシュでないと気がすまない自称メッシュアーチスト。
タイトルでCG屋さんと書いているが、私は「何屋さん」と言うのを常に意識している。
特にCM制作などプロジェクトとして動くものは、「餅は餅屋」的な考えが強い。
「広く浅く」より「狭く深く」のほうがいい。
ゆるぎない専門家の立場が築けるからだ。
ラーメンもカレーもカツ丼もある店より、ラーメン専門店のほうが美味しい気がする。
「何でも屋さん」は「広く浅く」のイメージがあり、テクニック(商品)を高く売ることが難しくなる。(それがブランディングやね)
そんなことを意識して担当が分かれたのではないことは確かだが・・・
来週ぐらいからモデリンググリングリンの案件が待っているので、ちぃ〜と楽しみだったりする。
と、その前に目の前のAE作業をこなさねば来週は来ない・・・


