2006年08月21日
CGMって・・・
CGM、コンシューマー・ジェネレイテッド・メディアと言うらしい。
いわゆる「のまネコ」や「やわらか戦車」のようなものを指すらしいが、直訳すると「消費者が作り出したメディア」と言うことになる。
ほとんどの場合は、一個人が作り出したものを、周囲の人間やファン達が口コミで広げたり、フィードバックして質を高めたりしたコンテンツとなるだろう。
そうするとメディアと言うよりコンテンツの方が分かりがいいのだが・・・
(決して媒体ではない気が・・・)
まあこうしたものもインターネットならではの文化ではあるが、のまネコのような著作権問題が噴出する危険性もある。
お金の問題になれば、当然「誰の?」と言うことになる。
それはそれで大きなリスクではある。
しかし、表面上のリスクと言えよう。
私が考えたいのは、潜在的なリスクのほうだ。
ここからは、あくまで私個人的な見解と言うことで書きたいと思う。
私は元来、キャラクターやアニメは「個性こそ命」と考えてきた。
そう、当たり障り無いものではダメと思っている。
トゲがあってナンボ。
中州の石のように、転がって角が丸くなっていてはダメなのだ。
「船頭多くして船山登る」と言う例えがあるが、山に登ってしまうほどのインパクトがあればまだマシ。
クリエイティビティーが問われる物ほど、多くの意見に中和されてインパクトが無くなるのは避けなければならない。
例えるなら「船頭多くして船ゆっくり進む」?
折衷案からクリエイティブなモノは生まれないとさえ思う。
どこかで線引きして、オリジナリティーを維持しなければ「なんか普通になっちゃったね」で終わってしまう。
マニアの間で揉まれている間はまだマシだと思う。
ほとんどのマニアが「さらに」と言う刺激を求めているからだ。
「極端」に振ることを好む場合が多い。
そこに多くの人が関わるようになると、早い話「平均」に引っ張られる。
「これは教育上良くない」とか「こっちのほうが国語的には正しい」とか「もっとコレを見せた方が・・・」、「見せない方が・・・」とか、聞かないほうがいい意見がたくさん出てくるだろう。
「普通はこうするよね」と言う意見がでたらもうアウト。
「普通にするつもりはネェ!」と突っぱねるしかない。
もしくは「お前に食わせる普通はネェ!」と言って二本指?
露出、口コミのツールとしては大賛成だが、個性を無くす危険性だけは気をつけたいところだ。
今回は、限りなく玉虫色のREALとしておこう。
うちなんか少人数でもコレやからなぁ・・・┐(´ー`)┌
・・・ってドレやねん?


