2006年10月24日
忙しい人、暇な人
平日私は、ほぼ仕事場と自宅の往復で終わる。
仕事をしていない時は、寝ているか、風呂に入っているか、飯を食っているか、運動しているか、本を読んでいるか、DVDを見ているかといった生活である。
ここに別なものが入る余地はほとんど無い。
ここで公務員など特定な人を名指しする気は無いが、犯罪を犯したり、事件に巻き込まれたり、飲酒運転しちゃったりって、自分に当てはめてみると、どこにそんな時間が取れるのかと思う。
と言うことは、その手の事件に関わる人間って暇な人?と思わざるを得ない。
いじめを放置したり、幼児虐待を放置したり、それだって十分事件に関与してるってことよ。
企業人のように「売り上げ」に追われている人間とは逆の人間のような気がする。
いや、当然談合とか、証取違反とか、詐欺とか、売り上げに追われたからこそ犯してしまう犯罪もある。
時間というより思考の「忙しい」と「暇」なのかもしれない。
真っ当な仕事で忙しく稼いでいれば、わざわざ悪いことをしようという思考にならないのではないか。
イタズラに悪いことをしたいんじゃなくて、ほとんどの場合、欲望が罪悪感を凌駕した時に犯罪に走るわけだから、思考が他のことで埋まっていれば、そこには行き着かないのではないだろうか。
企業にとって、暇な人間はいらない。
公務にだって、暇な人間はいらない。
職場に暇な人間がいると言うことは、人員過多だと言う事だ。
もしくは、暇だと感じる前に営業するとか、自ら利益貢献の為の行動を取るべきである。
公務員だって考えればやることは山ほど出てくるだろう。
それが出てこないんだったら尚更人員過多。
暇のまま悠々と過ごしていたら、給料泥棒と言われても仕方が無い。
乱暴な言い方だが、利益貢献しない人間は、利益貢献する人間のヒモと言われても文句は言えないのではないだろうか。
「働かざるもの食うべからず」やね。
報酬とは利益貢献したことの対価であるべきだし、会社とはそれをする為の箱であり、看板とはそれをしやすくする為の信用であると思う。
そして、会社が自動的にお金を生み出すことは有り得ない。
人間様が動いて始めてお金になる。
社会人であるなら、戦力外通告より、定年で引退したいものだ。
働き盛りの人間が、年中定時退社している職場も人員過多だと思うよ。
そんな人間に限って、仕事以外のことに頭が向いて、チョンボしたり不正したりしてしまうのだったら、尚更余剰人員を削るべきだね。
いじめもみ消したり、虐待の報告無視したりは民間企業だったらお金貰えんよ。
仕事しないし、売り上げないんじゃ即刻戦力外通告やね。
んなもん当然CGやん!


