2006年11月06日

言いだしっぺは大変なのだよ4

ある論議が持ち上がる。

それに対して、賛成もあれば反対もある。

賛成や反対だったら、2択から選ぶようなもの。
お題が与えられているから、論理的に考えればいい。

ところが言いだしっぺはそうはいかない。

「お題を作る」

ここが肝心なのよ。

お題を作るって言ったって、他者の動きを見てとか、市場の流行に対してとか受動的な発想もある。
要するに、自分たちにとって「今何を考えるべきなのか」と言うお題を提示することで、進歩する組織となるはずである。

「お題を出す」のと「それに答える」のとでは、組織にだす影響はまるで違う。

そもそもお題が無ければ、答えが出るはずもない。

そして、お題を出す力と、それに答える力では明らかに労力が違う。
出す側は、発想力とそれを投げかける覚悟が必要になる。

答える方に慣れてしまうと、誰かが言いだしっぺになってくれないと、考えることさえ億劫になってしまうと言うこともある。

それで対等の仕事をしているかのようなフリをされたら、もう最悪!

言いだしっぺは当然、自発的に動いている。
答える側はスイッチを入れてもらって動くことになる。

言いだしっぺはエライのだよ。

これは政治にも見て取れる気がする。

大概、与党が発案した政策に野党が答える(大方反対意見?)と言う図式が多いと思う。

それがシステムの慣例と言ってしまえばそれまでだが、少なくとも政権を奪取しようと思う政党なら、言いだしっぺにならなくてはその資格は皆無だ。

企業においても同様、経営者の「ツルの一声」が無ければ発想が出てこないと言うようでは、ワンマン経営を甘受するしかない。

そういう会社の幹部は窓際で終わってしまうだろう。

若輩ながら経営サイドである私が言うもの変かもしれないが、重要なポストに付いている若しくは付こうとしているならば、言いだしっぺにならなければいけない。

もし、自分がすでに重要なポストだと思うのなら、そういう部分も買われていると言うことである。

オシム氏じゃないが、自ら考えて動けと言うことである。

答えるだけでは、賛成意見だろうが反対意見だろうが、それは風見鶏ってやつよ。

「そうじゃなくてこうだろう」ってのは、例え正論でも批評にすぎないのよ。

スイッチ入れられなきゃ動かないって、怠慢としか言いようないじゃん?

そうそう、核問題ね。

論議ぐらいしてもいいんじゃないの?

少なくともその発案出すのは覚悟のいることよ。
(タイミング疑問とか言われてるけど・・・)

言いだしっぺになったことも無い人間が「言うべきではない」とか言えないんじゃない?

バッジ付けたんなら、一度ぐらいは「言いだしっぺ」になろうよ。

スイッチ入れる側になろうよ。

持論だっていいと思う。
少数意見はえてして持論(自論)って言われちゃうけど、少数意見だって発案が無ければ論議にならないのさ。

中川さんの発言、いいと思うで。

スイッチーオン1,2,3ダークロボット・・・

と言うことで、「言いだしっぺ」にREALやね。



mtk_takagi at 22:18 │Comments(0)TrackBack(0)clip!武士道精神  | 経営武士道

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